横浜FCと競馬を愛する男の日記

横浜FC、首位に快勝!

戦争のこと

 もうじき61年目の終戦記念日とあって、テレビで戦争に関する番組が放映されている。
主に第二次大戦における日本についての内容だが、中には色々な観点から戦争を取り上げたものも
あるようだ。

 そもそも、人は何故、戦争をするのだろう。他の動物は基本的には同種で殺し合いはしない。
知能の高い動物では(猿のボス争いなど)争うようだが、それでも殺すに至る場合は少ないだろう。
戦争と言うと何だか考えるのが難しいと思いがちだが、私は本質的に戦争も個人対個人の争いも、
根っこは一緒だと思っている。

 知能の高い動物のほうが生き残れる確率が高いにも関わらず、殺しあう。何故だろう?
私はその答えを「知能が高いゆえに持つ欲望」のせいだと思っている。その欲望は「本来、ただ生きる
ためだけなら必要の無いものまで求めること」だ。

 人間は、その知能の高さゆえに「ただ生きる」ことに満足できない。仕方の無いことかもしれないが、
ただ食べて、寝て、子孫を増やすだけでは納得できない動物なのである。それゆえに争う。自分の
欲望を満たすために、他人から奪うことを考える。自分ひとりだけではできないことを実現したいが
ために、他人を支配しようとする。生きるためには必要の無いものを手に入れては「精神的飢餓」を
満たすのが、人間の本質なのだ。
 
 先進国で、こどもの出生率が低くなる理由も簡単だ。本能的行為よりも精神的飢餓を満たすほうが
人間は楽しいのだ。そして、先進国ほど、その飢餓を満たす方法が多く存在しているだけなのだ。
そういう自分も同様だ。サッカーで横浜FCの勝利を求めること、馬券を当てたいこと、これらも
なんら変わりの無い「争い」である。私は精神的飢餓を満たす方法として、サッカーと競馬を
選んでいるにすぎない。

 ただ、世の中には依然として、「他人から奪い」、「他人を支配する」ことで精神的飢餓を満たす
人間が数多く存在する。そういう人間への最後の抵抗方法として、最も本能的な行為ともいえる
暴力=戦争が行われることもまた、事実だ。それゆえに、私はいつも「戦争反対」と無条件に宣言
することに違和感を感じる。この世界には残念だが、暴力と言う抵抗手段しか持ち得ない国や人々も
確かに存在するのだから。

 あなたの人生はどうですか?他人から奪い、他人を支配することに毎日、躍起になってませんか?
経済活動も、言ってみれば「戦争の一種」なのですからサラリーマンも決して、無縁ではないと
私はいつも思っています…