男は昔、学校を卒業して入団した某J2クラブでプレーしていた。
クラブはJ2でも大した成績ではなく、収益も良くなかったが男は男なりに努力していた。
冴えないクラブだったが、男がやっていたポジションはヨソのクラブにもまあまあ認められていた。
しかし、男の所属していたクラブは遂に経営難となり、親会社から見放されてしまった。
そのクラブは見知らぬ会社に買い取られ、吸収されてしまった。クラブはJから姿を消した。
吸収されて数年、心身ともに調子を崩した男は現役引退を決意し、クラブから去った。
男は別の世界で生きることを考え、畑違いの仕事についた。数年の時が流れていった。
ただ、男の心中には現役へのかすかな未練が種火となって残っていた。「もう一度だけ」と。
そして、男にJ2クラブからの最後のチャンスが与えられた。
男は、現役に復帰した。懸命にプレーした。
しかし年齢的にはベテランとなり、往年の力を取り戻せなかった男は無理をし再び調子を崩した。
男は、自分がもう現役ではプレーできないことを悟りスパイクを置いた。
男は今、J1クラブのスタッフとして働いている。J1でも五本の指に入るビッグクラブだ。
そのクラブの末席に身を置かせてもらい、J1トップクラスでプレーする選手を見ていると、
自分が元いたクラブが如何に不甲斐なかったのかが身に沁みる。正直に言えば別次元である。
男は今、思っている。あのままJから姿を消したクラブでダラダラとプレーしているよりも、
J1のトップクラスという「雲の上の世界」を垣間見ることを選んで良かったのだ、と。
男なら、一度は頂上に足を踏み入れてみたいではないか。それが選手としてでなくても。
男はたまに思う。まだ、あのクラブでプレーしている友人がいる。どうしているのだろう。
Jから姿を消したせいで、情報も世の中にはほとんど出てこない存在に成り下がってしまった
そのクラブ。そこで歯を食いしばっているであろう友人を思うと、ちょっと切なくなる男であった。
(了)